光世証券ホーム > 会社情報 TOP >  光世証券の歴史 > 本店のある街

光世証券 本店のある街 ・・・北浜界隈

日本の経済・金融の発祥地「大阪」。弊社の本店が所在する北浜から淀屋橋にかけての一帯には、その歴史と文化を伝える建築物が点在しています。

大阪取引所 (旧大阪証券取引所)
大阪証券取引所

江戸時代、当時の経済の中心であった大阪で行われていた米穀取引が、わが国における取引所の始まりとされています。元禄の頃には「堂島米会所」と呼ばれ、今日でいう先物取引も世界に先駆けて行われていました。

その流れを汲むのが大阪取引所で、現在の取引所ビルは下層階に旧大阪証券取引所[1935(昭和10)年完成]の外観を保存しつつ、2004年に建て替えられたものです。取引所の正面に建っているのは五代友厚像。光世証券ビル内の像と同じ中村晋也氏の作です。

適塾 (国の史跡・重要文化財)
適塾

江戸末期の医学者・蘭学者の緒方洪庵が開いた私塾が「適塾」です。幕末の激動期、洪庵は江戸や長崎で学んだ後、ここで門下生たちを24年もの間指導しました。塾には諸国から俊英が集まり、橋本左内・大村益次郎・福沢諭吉・大鳥圭介・佐野常民など、明治維新とその後の日本の近代化に貢献した多くの人材が輩出されました。現在の大阪大学は、この適塾を前身としています。

大阪市立愛珠幼稚園 (重要文化財)
大阪市立愛珠幼稚園

適塾に隣接する風格ある木造の建物が日本で3番目に古い歴史を持つ幼稚園です(現存する幼稚園としては2番目)。1880(明治13)年、船場北部の連合町会によって現在の北浜4丁目に設立されました(民間幼稚園では日本最古)。明治22年には連合町会から大阪市に移管され、さらに1901年(明治34)には現在の地に移転しました。今の御殿風の園舎はその翌年に完成されたもので、全国の幼稚園の中でも、その歴史と共に極めてユニークな存在となっています。

大阪市中央公会堂 (重要文化財)
大阪市中央公会堂

大阪中之島のシンボルでもある美しい赤レンガ造りのこの建物は、大阪市の施設です。中は大小のホール、会議室、レストランなどとなっており、一般の利用が可能です。

大正ロマンが漂う中央公会堂は、北浜の株式仲買人・岩本栄之助氏が莫大な私財を投じて大阪市に寄贈したもので、1918(大正7)年の完成。設計顧問は当時のわが国を代表する建築家・辰野金吾。長年、コンサートや講演会など文化・芸術・交流の場として、大阪市民から愛されています。

大阪冬の風物詩として、イルミネーションイベント「OSAKA光のルネサンス」が例年中之島で開催されています。開催期間中、中央公会堂正面で壮大なプロジェクションマッピングが楽しめます。

OSAKA光のルネサンス2013

・「OSAKA光のルネサンス」開催時の中之島 (光世証券本社ビルより撮影)

大阪府立中之島図書館 (重要文化財)
大阪府立中之島図書館

住友家の支援を受けて1904年(明治37年)に「大阪図書館」として開館。蔵書数は古文書や大阪関連の文献、ビジネス関係図書を中心に約50万冊。威風堂々としたネオバロック様式の本館と左右2棟の両翼を持ち、内部も彫刻や装飾が豊かに施されています。中央ホールの天井はドーム状になっており、はめ込まれたステンドグラスが幻想的です。

日本銀行大阪支店旧館
日本銀行大阪支店旧館

日本銀行大阪支店は明治15年12月、日銀最初の支店として開設されました。今も残る石作りのレトロな旧館は1903 (明治36) 年竣工。ベルギーの国立銀行をモデルにしたとされ、東京駅舎や日銀本店、大阪市中央公会堂も手掛けた辰野金吾の設計によるものです。ここは、江戸時代には島原藩蔵屋敷跡があった場所で、その土佐堀川対岸の淀屋橋南詰から北浜橋一帯には天下の豪商「淀屋」の広大な屋敷がありました。淀屋橋は淀屋が最初に架橋したものです。現在の橋は昭和10年に架け替えられたもので、重要文化財に指定されています。